カヤックフィッシングと出合った日

カヤックフィッシングと出会った日を忘れてはいません。 

2011年福島県の新地町というところで仕事をしていたとき、釣師浜(つるしはま)という浜の横に漁港があり、その漁港に一艘のカヤックが浮いていました。
 

お昼のお弁当を食べるため漁港に行った私達は、魚探を付け、何本も竿が刺さったマンゴー色のカヤックを見て、「どこまで行って何を釣るんですか?」と興味を持って聞きました。「ちょっと沖に根があって、アイナメを狙いに行ってきます!」とアングラーは言っていました。

それがカヤックフィッシングとの出会いです。

一緒にいた同僚は特段趣味もなかったため、そのかっこよさに憧れ、それ以来やりたいな~やりたいな~といっていました。  時間があればまた出会いたいと、漁港で休憩をしていました。

そして311の震災が来ました。

たまたま福島にいなかったわれわれは東京でニュースを見て、折れ曲がった電車の車体が、使っていた駅のホームの脇にある姿になんともいえない想いを感じていました。私は、当時たくさんの知り合いがそこにいて、連絡も取れず、twitterでとにかく救援物資の確保情報、補給情報拡散、安否確認拡散を何日も何日も繰り返し行っていました。現地に行こう。そんな矢先、原発の爆発でした。 数週間後訪れた釣師浜は無残な姿で、看板だけが流されず転がっていました。そして原発の汚染水によって漁業禁止となった海はあのときの面影も同じ水の色なのに灰色のように見えてしまいました。 

 同僚のカヤック熱はそれ以来なくなり、怖さ、危険、という単語を並べるようになりました。

反面、サラリーマンで二児の父の時間なしお金なしの私は、遊漁船やバストーナメントとは距離を置き始め、変わるものとしてカヤックフイッシングに興味を持つようになりました。そして、知り合いがカヤックを購入したのをきっかけに私も購入、どんどんとはまっていきました。でもどこかいつも釣師浜の事を思い出しモヤっとしていたことも事実でした。

先日、その同僚と久しぶりに呑んだとき、「実はさ、いま、カヤックフィッシングにはまっててさ、とてもとても楽しいよ。」と話をしました。

彼は、「ええなあ。やっぱええよなあ。何ぼだった?へ~そんんくらいでできるんや~やってみようかな~」

意外な反応でした。 

 あれからもうすぐ4年。

今福島からの帰りの電車の中でこれを書いています。お客様や関係者と話をしていると、ようやく多くのことが冷静に動き出そうとしていると感じました。 

私自身、この4年間何かに追われたり責められたりそんな感情が常にあったことも事実です。しかし、ようやくそんな感情から変化が生まれてきていることに気が付いています。

忘れたわけではありません、感情が薄れたわけではないと思います。でも、人は強く生き抜く力を持つために、時間が何かを変えることを私は知っています。

あのカヤックのマンゴー色がキラキラした漁港のアプローチ先で浮かんでいる姿。そしてその水の色がまた砂地で反射したエメラルドグリーンの海に映えたマンゴー色。そしてせっせと用意をしていたかっこいいアングラー。そのときに想った素敵だな・・という感情を今、はっきりとおもいだしています。

そんな出会い。

あの時出会ったアングラーが今でも楽しく海に出ていることを信じています。

そして、楽しそうにカヤックフイッシングをしている私達をみて、いつかやってみたいと思ってくれる人がいてくれたらなと思います。

2015年03月03日 | Posted in 釣りのコラム | タグ: No Comments » 

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